夏至の日




今年明けたと思ったら、もう夏至
昨日は京都にいました。雨が突然降ったりあがったり。安楽寺というところで須田郡司さんの、「石の聖地を訪ねて〜出雲とインド」というテーマのお話を聞きに行きました。島根で生まれたし、インドには縁があって何回も行ってるし、友達も出店しているというので出かけた京都。お寺の中で吹きさらしのお堂の中で話を聞いたり演奏を聞いたりしていると何度も降ってはやんで木々が風に揺れて光を受けてキラキラ輝く様子に不思議な心地がした。地球の大きな欠片に聖なるスピリットを感じて古代から御神体となって祀られたり崇められたりまた忘れ去られたりしながらも時間を超えてそこに在り続けるもの。もしかしたら宇宙からいつか降ってきてそこにおかしな縁とバランスで私たちの前に対峙しているのかもしれない。過去さえも越えた地球の歴史の中のたった一日の今日。この体も地球で出来ていて宇宙がそのまま詰まっている。ちっぽけだけどかけがえなく誰もが等しい存在。そんな中でそれぞれ考えたり悩んだり、喜んだり悲しんだり相対的な世界を見続けている。人で溢れる街の真ん中で、ここにいるすべての人がそれぞれのドラマを生きているのだと思ったら、気が遠くなるくらいその緻密さとデリケートさとダイナミックさにめまいがした。ぱんぱんにつまった思いや物語。でもきっと石や岩は笑って吹き飛ばすくらいにすべてを超えていて、だからこそそのコアな波動を人が神と言って崇めたりしてるんだろう。でもきっと石は、そんなこと何のことだかどうでもいい、みたいな感じなんだろうね。
もうすぐ展示会の沖縄の友人から送られてきた写真。陽の気いっぱいあびて機嫌良く夏を過ごしたい。いろんなことがどうでもよくなくて、日々いろんなことで一喜一憂、あがったりへこんだりする、やわらかな存在の我らだから。
